お倉ヶ浜
わずか4km程のお倉ヶ浜が、日向での蛤碁石製造の原点となっている。もしもこの美しい浜辺が無かったら、日本における蛤碁石製造の技術は消滅していたかもしれない。
現在、このお倉ヶ浜が日本の渚百撰の中にある。蛤碁石日本最後の産地は、昔と変わらず、悠々と潮騒を奏でている。

囲碁の歴史は非常に古く、中国では紀元前1100年前、日本でも大宝年間(701〜703年)の時代から楽しまれていたとも言われています。
蛤で碁石を作るようになったのは17世紀後半。それまでは天然の白い石、黒い石を使用していました。
そして、宮崎県日向市の蛤が碁石の材料として見出されたのは明治の中ごろ。富山の薬売りが日向の蛤を大阪に持ち帰ったのがきっかけでした。

それまで蛤碁石の主流だった常陸や桑名の貝よりだいぶ厚く、組織も緻密なため、その美しさはとても評判になりました。そして明治41年、大阪の碁石職人が移り住んでから、日向での蛤碁石の製造が始められるようになりました。
以来、日向以外の碁石用蛤の産地は消え、加工技術も日向だけが受け継ぐこととなり、現在日向産の蛤は絶滅寸前で、原料の主力はメキシコ産蛤に移行しましたが、黒石を含めて蛤碁石が作られているのは、日本唯一、宮崎県日向市のみとなりました。
現在日向市には、数社の蛤碁石メーカーがありますが、「製造方法や形」、「選別基準」は独自の進化をたどっています。
「那智黒石」
黒碁石は黒石では最高品質の那智黒石(三重県熊野産)が使用され、すべての蛤碁石には那智黒石がセットされています。
那智黒石には金の純度を見分ける、試金石にも使用されています。






